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甲府地方裁判所 昭和46年(行ウ)2号 判決

原告 石原明 ほか三二名

被告 東京営林局長 ほか一名

訴訟代理人 竹内康尋 桜井卓哉 松尾英夫 秦武雄 深沢雅彦 ほか一〇名

主文

1  被告東京営林局長が原告石原明及び同青山義恵に対し、被告甲府営林署長がその余の原告らに対し、昭和四五年七月四日付で行なつた原告らを戒告する旨の各懲戒処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

主文1項と同旨。

(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告石原明及び同青山義恵(以下第一原告らという。)は任命権者である被告東京営林局長(以下被告局長という。)。に採用され、その余の原告ら(以下第二原告らという。なお第一原告らと第二原告らをあわせて原告らという。)は任命権者である被告甲府営林署長(以下被告署長という。)に採用され、いずれも甲府営林署管内の国有林野事業に従事している者である。

二  被告局長は昭和四五年七月四日第一原告らに対し、被告署長は右同日第二原告らに対し、それぞれ原告らを戒告する旨の各懲戒処分(以下右各懲戒処分を総称して本件懲戒処分という。)をした。

三  しかしながら、本件懲戒処分は違法であるから、その取消しを求める。

(請求原因に対する認否)

請求原因一、二記載の事実は認める。しかし本件懲戒処分は違法ではない。

(抗弁)

一  はじめに

本件懲戒処分は、昭和四五年四月三〇日に原告らが全林野労働組合の指令によりそれぞれ始業時の午前七時三〇分から二時間余にわたつてその職務を放棄したこと(以下これを本件争議行為という。)に対してなされたものである。以下においてこの点を述べる。

二  原告らの勤務する甲府営林署の概況

東京営林局甲府営林署は、国有林野約三、八〇〇ヘクタール、公有林野等官行造林地約一、三〇〇ヘクタールを管理経営し、営林署本署のほか担当区事務所三(甲府、富士吉田、南部)、製品事業所一(片房沢、ただし昭和四五年六月一日に内船と改称)、苗畑事業所一(諏訪森)、苗畑作業場一(大木)からなつている。本署には、庶務課、経理課、経営課、事業課の四課が設置されている。

職員は一般職の国家公務員であつて、本件当時、行政機関の職員の定員に関する法律(以下「定員法」という。)に基づくいわゆる定員内職員五八名、常用作業員四四名、定期作業員一四名、臨時作業員二七名が勤務していた。

三  原告らの所属する労働組合及び組合における原告らの地位全林野労働組合(以下全林野という。)東京地方本部(以下東京地本という。)甲府営林署分会(以下甲府分会という。)は、甲府営林署に勤務する職員をもつて組織されている労働組合であり、本件争議行為当時一〇七名の組合員を擁していた。

原告近藤芳平、同望月純雄及び同望月勝吾の三名は甲府分会執行委員であり、その余の原告らはいずれも一般組合員であつた。

四  本件争議行為に至る経緯

1 全林野は、日本労働組合総評議会(以下「総評」という。)傘下にあり、同時に公共企業体等労働組合協議会(以下「公労協」という。)の構成員であるが、昭和四五年三月八日及び九日の両日にわたつて開催した「第四八回中央委員会」において、右総評及び公労協の一、九七〇年春闘方針に基づいて、「大巾賃金引上げ、合理化反対、安保廃棄を結合して、この闘いを成功させるためストライキで闘い抜く」という全林野の七〇年春闘方針を決定した。

2 全林野は、昭和四五年三月一四日、林野庁に対して「日給制職員の賃金引上げに関する要求書」及び「月給制職員の新賃金に関する要求書」を提出した。

3 全林野は昭和四五年四月七日の全国戦術会議において、ストライキの実施につき、拠点箇所、分会数、ストライキ実施方法、ストライキ参加の範囲、指導方法に関し意思統一をした。

4 公労協は昭和四五年四月一八日に共闘委員会を開き、七〇年春闘の最大の山場における戦術として、〈1〉自主交渉で回答を出させる。〈2〉私鉄の賃上げ闘争を支援する。〈3〉全体の賃上げ相場の底上げを図る等を目標に、同月三〇日には半日ストライキに突入し、さらに同年五月八日には賃上げ結着の最重要段階として全一日ストライキを行なうことを決定した。

5 全林野は、右決定をうけて昭和四五年四月二〇日、全林野第六次統一行動日として同月三〇日に各地方本部(以下地本という。)半日の拠点部分ストライキを行ない、さらに全林野第七次統一行動日として同年五月八日に全一日の拠点部分ストライキを行なえとの指令を出した。

6 全林野は、その新賃金要求について当局と団体交渉が重ねられているさ中である昭和四五年四月二八日、前夜開かれた公労協拡大共闘委員会のストライキ突入再確認の決定をうけて、全地本に対し第六次統一行動日である同年四月三〇日に予定どおりストライキに突入する旨の指令を出した。

7 右指令に基づき、営林局一営林署において、およそ一時間ないし四時間の拠点部分ストライキが行なわれ、約四八〇名がこれに参加した。

五  甲府営林署における職場集会の概要

甲府分会は昭和四五年四月二八日にストライキ宣言文を掲示したので、当局は分会に対しストライキを中止するよう事前の警告を行ない、さらに職員に対して、違法なストライキに参加しないようにとの林野庁長官の要請文を本署庁舎内、南部担当区事務所及び片房沢製品事業所にそれぞれ掲示して自重を要望した。

しかし右警告等にもかかわらず、同月三〇日、南部担当区事務所及び片房沢製品事業所に勤務する原告らは、上佐野国有林一二六林班い小班内(山梨県南巨摩郡南部町上佐野地籍)において、全林野東京地本書記長木下勝平らの直接指導のもとに、始業時の午前七時三〇分から午前九時三三分まで、時間内の無許可の職場集会に参加し、甲府営林署長の発した再三にわたる職場復帰の命令等を無視してこれを継続した。

その結果原告らは、職場集会解散後各作業現場に復帰するまで、それぞれ二時間余にわたつて各自の職務を放棄した。

六  原告らの処分事由

1 本件当日の原告らの雇用区分及び職種並びに作業予定

(一) 原告石原明は片房沢製品事業所に農林技官、集材機運転手として、同安武忠夫、同久高金八、同佐藤嘉吉、同明神春義、同藤巻八郎及び同清水輝正は右事業所に常用作業員、生産手としてそれぞれ勤務し、本件争議行為当日は、製品第一班として七一林班及び七四林班において、原告石原明が機械運転、同安武忠夫及び同久高金八が全幹伐倒、同佐藤嘉吉、同明神春義、同藤巻八郎及び同清水輝正が集造材を各分担し、人工林檜六〇年ものの伐木、造材の義務に従事することになつていた。

(二) 原告青山義恵は片房沢製品事業所に農林技官、集材機運転手として、同安武作一、同近藤一、同大橋定吉、同深沢篤行、同近藤芳平及び同望月一三は右事業所に常用作業員、生産手としてそれぞれ勤務し、本件争議行為当日は、製品第二班として一二五林班において、原告青山義恵が機械運転、同安武作一、同近藤一及び同大橋定吉が全幹伐倒、同深沢篤行、同近藤芳平及び同望月一三が集造材を各分担し、人工林杉、檜の六〇年ものの伐木、造材の業務に従事することになつていた。

(三) 原告加藤明、同望月純雄、同安武英明、同近藤利夫、同安武光夫及び同氏原今朝吉は片房沢製品事業所に常用作業員、生産手としてそれぞれ勤務し、本件争議行為当日は、製品第三班として一二八林班において、鉄骨盤台撤去の業務に従事することになつていた。

(四) 原告望月勝吾、合矢川浜一、同佐野清助、同矢川吉雄、同遠藤要及び同青山勝彦は南部担当区事務所に常用作業員、造林手として、同青山正雄は右事務所に臨時作業員、造林手としてそれぞれ勤務し、本件争議行為当日は、造林A班として一二六林班において、檜の植付業務に従事することになつていた。

(五) 原告安武あき子、同安武直江、同大橋清香、同深沢おとめ、同近藤貞美及び同明神久子は南部担当区事務所に定期作業員、造林手としてそれだれ勤務し、本件争議行為当日は、造林B班として七八林班において、檜の補植業務に従事することになつていた。

2 原告らの行為

原告らは前記五記載の職場集会に参加し、数次にわたる甲府営林署長の発する職場復帰の命令等を無視してこれを継続し、前記1(一)記載の原告らは二時間一八分、同1(二)記載の原告らは二時間八分、同1(三)記載の原告らは二時間四分、同1(四)記載の原告らは二時間七分、同1(五)記載の原告らは二時間一八分にわたつて、前記1の(一)ないし(五)記載の各自の職務をそれぞれ放棄した。

七  法令の適用

原告らの右の行為は、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項によつて禁止された争議行為に該当し、かつ国家公務員法(以下「国公法」という。)九六条一項、九八条一項、九九条及び一〇一条一項にそれぞれ違反するものである。

よつて被告らは、原告らの右行為は国公法八二条各号に該当するものとし、昭和四五年七月四日付で原告らに対し本件懲戒処分を行なつたものである。

(抗弁に対する原告らの認否)

一  抗弁一ないし三記載の事実は認める。

二  同四記載の事実中、1の事実は認める。ただし、「臨時雇用制度の抜本的改善」、「定員外職員の処遇改善」も重要な闘争方針になつていた。2及び3の事実も認める。4の事実は不知。5の事実のうち、全林野が被告ら主張の日に被告ら主張の指令を出したことは認めるが、これが公労協の決定をうけてなされたことは不知。6の事実のうち、全林野が被告ら主張の日に被告ら主張の指令を出したことは認めるが、これが公労協拡大共闘委員会の決定をうけてなされたことは不知。7の事実は認める。

三  同五記載の事実中、被告署長が再三にわたり職場復帰命令等を出したことは否認するが、その余の事実は認める。

四  同六記載の事実中、1の事実は認める。2の事実のうち、被告署長が数次にわたり職場復帰の命令等を発したことは否認し、原告ら各自の職務放棄の時間は争うが、その余の事実は認める。

五  同七記載の主張のうち、本件懲戒処分が国公法八二条の規定を適用してなされたものであることは認めるが、その余の主張は争う。

(原告らの主張)

一  公労法一七条一項は憲法二八条に違反する。

1 労働基本権-特に争議権-は、憲法二五条が宣言する生存権を労働者の労働生活の場面で具現化したもので、労働者にとつてはその生存権を実現するための唯一、不可欠の権利である。従つてそれは最大限に尊重されなければならず、手段的な権利であるからということで安易に制限を加えることは許されない。そして、公共企業体等の職員も、憲法二八条にいう勤労者にほかならない以上、その保障を受けるべきものである。

このように考えると、他の人権との調整上労働基本権1特に争議権1に制約を付さざるを得ない場合であつても、その制約については次の条件が満たされなければならないと解すべきである。すなわち、〈1〉当該職務の「一時的」な停廃によつても、公衆に対して「受忍の限度」を超えた苦痛ないし障害を「直ちに」与える場合に限つて、はじめて規制を考慮することができる。〈2〉その場合であつても、その規制は手段、方法において必要最小限に止められなければならず、個別制限によつては到底その目的を達し得ない場合に限つて全面一律禁止の方法による規制が許される。〈3〉規制がやむを得ない場合であつても、これに見合う適切な代償措置が講じられなければならない。

ところが公労法一七条一項は、規制の対象とされる公共企業体等の職員の争議行為を、その担当する業務いかんを問わず「一律」に、争議行為の態様いかんを問わず「全面的」に、しかも最も強圧的な「禁止」という抑制で臨んでいる。しかしながら、公労法の適用を受けるいわゆる三公社五現業の業務は多種多様であり、その中でも本件の国有林野事業(この業務の内容については後記二2参照。)、日本専売公社、造幣事業、印刷事業、アルコール専売事業などについては、その組合や職員の争議行為によつて国民生活に重大な障害がもたらされるおそれは全くない。また、およそ争議行為といわれるものの態様はさまざまであつて、三公社五現業の業務について、そのすべての争議行為が国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるとは到底いえない。またかりにその争議行為に何らかの規制をする必要がある場合が存するとしても、その規制には多様な手段、方法が考えられ、これを禁止する必要があるとは到底考えられない。さらに、公労法の定める代償措置も右禁止に見合つた適切なものとはいえない。従つて公労法一七条一項の規定は全体として憲法二八条に違反し無効である。

2 また公労法一七条一項の規定は、次のような視点からみても違憲無効である。すなわち、法律によつて一定の制限を課すことが憲法上認められている基本的人権(労働基本権が基本的人権の一つであることは勿論である。)を規制する法律は、立法目的の合理性ないしそれと密接に関連する立法の必要性を裏づける事実、及び立法目的が合理的であることを基礎づける事実1いわゆる立法事実一を前提としてはじめて合憲性が認められると解すべきである。

そこでこのことを公労法についてみると、同法はともかく国内法の立法形式をとつて成立したが、それは占領軍の超憲法的権力に基づいたマツカーサー書簡に唯一の根拠を置くものであり、またその内容についても、同法一七条一項の規定について、政府は審議過程を通じその立法理由(らしきもの)として「再建途上の国家経済の為の客観情勢上の必要性」ということを述べるのみで、その合理的根拠を説明することができなかつた。ところが、日本の独立により公労法一七条一項の唯一の法的根拠である占領軍命令はその効力を失い、また同条項を必要とすると説明された国家経済再建などの客観情勢も今日消滅していることは明らかである。従つて、公労法一七条一項の規定は始めからその立法事実を欠き、あるいは少くともその後立法事実は消滅したから、もはやその違憲性は確定しているといわねばならない。

二  国有林労働者に対し公労法一七条一項を適用することは憲法二八条に違反する。

1 森林が水源涵養、土砂流出防止等の国土保全機能その他もろもろの公益的機能を有することは争わないが、これらの公益的機能は森林が森林として存在すること自体によつて発揮されるものであつて、このことは国有林ばかりではなく国有林面積の約二倍の森林面積を有する民有林にも等しく当てはまるものである。しかも森林の公益性は海洋や大気の公益性と同性質のものであつて、これらの公益性がその関連産業の公共性と論理的に結びつくものではない。争議行為を規制する根拠としうる事業の高度の公共性が本件の国有林野事業に認められるか否かは、その事業そのものの性質、内容の分析によらなければならない。

2 そこで国有林野事業の業務の内容を概観し、その業務の停廃によつて国民生活に重大な障害がもたらされるおそれがあるかどうか検討する。

まず第一に、製品生産事業は国有林野事業の重要な事業の一つであるが、この点について国有林の重要性は極めて小さい。すなわち、昭和四五年を例にとると、わが国の用材総供給量のうち国有林材の占める割合は一四・四パーセントであり、その中で立木のまま民間業者に販売されるものを除いた製品生産材は約四〇パーセントの割合を占めるのみである。そしてこの製品生産材のうち直ようによるものが約八〇パーセントである。従つてわが国の用材総供給量のうち、現実に国有林労働者の手によつて供給される用材量はわずか四・六パーセントにすぎない。またわが国の用材総供給量に対し国有林材の占める割合が前記のように極めて低いことから、国有林材がわが国の木材価格の安定に資するというようなことは全くなく、木材の価格は、わが国の用材総供給量の五五パーセントを占める輸入木材の価格、需要の見込み、外材輸入を独占している大商社の投機、売り惜しみなどの諸条件に左右される。

第二に林木育成事業のうち、造林事業については、苗木を値栽することが唯一の方法ではなく、伐採方法が適正ならば跡地には天然林が生え、森林としての公益機能は一定の年限の経過とともに回復するのである。苗木を植栽する場合にもその適期には相当の巾があり、またかりに植栽が一年遅れたとしても、成木になるまでの期間が数十年であることを考えれば、事業の総体には何らの影響がないと言つてよい。また造林事業の半分以上は民間の請負によつて遂行されている。さらに種苗事業については、国有林野事業の生産する苗木は国内生産量のわずか一七・八パーセントである。

第三に、治山事業は広義には保安林による伐採の制限、禁止、土地の形状の変更禁止などを含むが、これらは争議行為禁止の根拠となしうる公共性とは全く無縁である。狭義の治山事業は、大まかにいうと水源地造成、海岸砂地造林などの保安林の造成と、崩壊地復旧、はげ山復旧などの山地治山施設の構築の二つに分かれるが、いずれも一日や一か月の時間を争う緊急の公共性を有しない。事業費の面からみると、昭和四五年度において、国有林野事業として行なう治山事業費は約七五億円であるのに対し、この約四倍の経費が民有林の治山事業において支出されている。ところが国は後者の治山事業については直営をせず、補助金を交付するのみである。また国有林野事業の直営として行なわれる治山事業についてもそのほとんどが民間の請負に出されており、これに対応して国有林野事業の治山関係従業員は全従業員の二パーセントを占めるにすぎない。

第四に、林道事業については、林道の新設、大修理はおおむね請負に出されているし、その他の業務で緊急の公共性を云々できるようなものはない。

以上のように国有林野事業は、いずれもその従業員の争議行為の禁止を根拠づけるような高度かつ緊急の公共性を有するものとは到底いえない。

3 以上のように、国有林労働者の争議行為による国有林野事業の業務の停廃は、国民生活に重大な影響を与えることがあり得ない。従つて国有林労働者の争議行為に公労法一七条一項を適用することは、憲法二八条の趣旨に反するものといわなければならない。

また、第二原告らいわゆる定員外職員は、国公法の任用、分限、保障に関する規定の適用をいわれなく排除されている。従つて、公労法一七条一項を、これら日給制作業員を主体とする、労働条件の維持、向上を目的とする本件争闘行為にまで適用し、これを禁止することは、まさに憲法二八条の保障する労働基本権を代償なしで奪うことであつて、違憲である。

三  本件争議行為は公労法一七条一項の禁止する争議行為に当たらない。

1 前記二の見解が容れられない場合には、公労法一七条一項の規定は、労働基本権を保障した憲法二八条の趣旨と調和するよう限定的に解釈されなければならない。すなわち同条項は、国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらす虞れのある争議行為に限つて禁止したものと解さなければならない。そして具体的な争議行為が右の禁止される争議行為に該当するか否かは、公共企業体等の業務(本件では国有林野事業)もしくは職員ないし作業員の義務の公共性の強弱と、当該争議行為の種類、態様、規模とを相関的に考慮して決すべきである。そこでこの観点から、本件争議行為が禁止される争議行為に該当するか否かを検討する。

2(一) 国有林野事業の公共性

国有林野事業が、一時的な業務の停廃によつて国民生活に重大な障害をもたらす虞れのある高度の公共性を有する事業でないことは前記二2で述べたとおりである。

(二) 原告らの業務内容及び本件当日の作業予定

この点については抗弁六1記載のとおりであつて、本件争議行為に参加した原告らは、製品生産事業及び造林事業に従事する者のみである。そして右各事業が、一般的に言つて高度の公共性を有するものでないことは前記二2で述べたとおりである。

3 本件争議行為の経過

(一) はじめに

本件争議行為は、原告ら林野庁職員(特に第二原告ら日給制職員)の賃金引上げを要求して行なわれたものである。以下この点について述べる。

(二) 原告らの身分

第一原告らは定員法の適用を受けるいわゆる定員内職員であり、第二原告らは同法の適用を受けないいわゆる定員外職員であつて、その雇用区分は抗弁六1記載のとおりである。

(三) 原告らの賃金形態

第一原告らは、昭和四四年七月に林野庁と全林野との間で締結された「月給制職員の基準内給与に関する協約」が適用される月給制職員であり、第二原告らは同じく同月締結された「国有林野事業の作業員の賃金に関する労働協約」によつて処遇されている日給制職員である。第一原告ら定員内職員が会計処理上労務費の中から給与を受けているのに対し、第二原告ら定員外職員は事業の一環として事業費の一部から賃金を受けるにすぎず、その額はきわめて低い。

(四) 新賃金要求の背景

昭和四四年度の林野庁職員の賃金水準は、月給制職員が月額五四、八四〇円、日給制職員が月額三七、七四三円であつたが、高度経済成長政策のあおりを受けて、消費者物価は昭和四五年一月には対前年同月比七・八パーセントと高騰し、同四四年度の上昇率は六パーセントに達すると予測されている。そして、全林野が昭和四四年一〇月に組合員を対象に行なつた生活実態調査によれば、このような状況下での組合員の生活は苦しく、半数近くの組合員が共稼ぎや内職をして生計を補つていることが明らかとなつた。

また日給制職員の賃金については、月給制職員との賃金格差は大きく、全林野と林野庁の間にはこの賃金格差を是正するためのいわゆる日給制職員の賃金引上げに関する一〇確認がなされていたにもかかわらず、昭和四四年度当時には依然として月額約一三、五〇〇円ないし一五、七〇〇円の格差が生じていた。

(五) 要求書の提出

そこで全林野は右の状況をふまえ、昭和四五年三月一四日に、昭和四五年度の月給制職員の基本給を平均月額一三、〇〇〇円引上きげること及び日給制職員の基本賃金を平均日額一、一〇〇円引き上げることを内容とする抗弁四2記載の各要求書を全林野庁当局に提出した。

(六) 交渉の経過

全林野は右の各要求書提出以来、賃金引上げ問題を労使の自主的な団体交渉の場で解決することを目ざし、積極的に林野庁当局に団体交渉を求めた。しかし林野庁当局は、賃上げを必要とする要因があることは認めるが民間賃金の動向が把握できないなどと称して具体的な回答を避け、また林野庁だけが他の三公社五現業の意向を離れて独自の回答をすることは困難であると称して、自主由、実質的当事者能力を自ら放棄し、三公社五現業の共同歩調にしがみつく姿勢であつた。

このように林野庁当局が消極的態度をとり続け、誠実な回答を示さないので、全林野は昭和四五年四月二〇日同年五月上旬に解決することを目ざして団体交渉を盛り上げ、林野庁当局に有額回答を出させる必要上、各地本に対し、同年四月三〇日始業時より半日の拠点部分ストライキを配置して闘いうる体制を強化するようストライキの準備指令を発した。

これに対し林野庁当局は、全林野から賃金引上げ要求書を受理してから四〇日余を経た同年四月二七日になつて、初めて有額回答を示した。その内容は、「引上げ額は、昨年新賃金仲裁裁定によつて示された額(月給制職員は一人平均月額四、七七七円、日給制職員は一人平均日額二〇八円)とする」、「現段階ではこれが限度であり第二次回答ということはない」というものである。しかしながら右回答は、いわゆる春闘相場を正しく反映したものではなかつた。すなわち、全産業に大きな影響を及ぼす鉄鋼、電機、私鉄の賃金動向を例にとれば、鉄鋼は前年より二、〇〇〇円多い約一〇、〇〇〇円の回答を出し、電機は前年より二、〇〇〇円以上多い回答を出し、私鉄も中央労働委員会の段階で前年額に一、〇〇〇円プラスした回答を出していたのである。また当局の右回答は、月給制職員と日給制職員の賃金格差を縮少し、月給制職員の定期昇給による賃金引上げ分を日給制職員の賃金決定に反映させるなどを定めた前記一〇確認を尊重していないものであつた。

(七) ストライキの実行及びその中止

全林野は右回答を不満とし、林野庁に対しなお検討を続け誠意ある回答を求めて翌二八日にも団体交渉を持つたが、林野庁当局は依然として、昨年同様の回答が限度であるという回答をするのみであつた。そこで全林野は同日各地本宛に、同月三〇日始業時より正午まで拠点部分ストライキに突入するよう指令した。

全林野は右指令発出後も積極的、意欲的に当局と接触したところ、林野庁当局はストライキ当日の同月三〇日午前七時三〇分ころになつてようやく、ストライキ中止の条件のもとに、民間賃金の動向が咋年をかなり上回つた賃上げになつていることを認め、それらの動向を配慮する考えであること、組合側において調停申請等の手続をとつた場合には右の考えに立つて実質的な解決ができるよう対処する考えであること、日給制賃金についても一〇確認の趣旨を尊重して誠意をもつて努力する考えであることなどを内容とする非公式回答をしてきた。全林野は右回答を中央本部において検討した結果、右回答には数多くの不十分な点があるが、当局の回答を尊重し公労委の調停委員会での解決に期待することとして、同日午前九時六分に既に突入したストライキを直ちに中止するよう各地本に指令を出した。

原告らがストライキに突入した現場は、国鉄身延線内船駅より東方約二〇キロメートルの山間部であつて、原告らは、同所から約六〇〇メートル離れた民家に設置されている公衆電話に連絡員を配備して東京地本と電話連絡をとりながら、右地本の直接指導のもとに整然と集会を開いていたのであるが、午前九時三〇分ころ右電話連絡によりストライキ中止の指令を受けたので、直ちに右集会を中止して所定の各作業に従事した。

4 本件争議行為の影響

製品生産事業に従事する原告らは、所定の始業時より約二時間程遅れて各自の作業に従事したが、そのために本件争議行為に参加しないで所定の始業時から作業に従事していた者の作業を停止又は遅延させたことは全くなかつたし、原告ら自身の作業が遅延したこともなかつた。また造林事業に従事する原告らも、所定の始業時より約二時間程遅れて各自の作業に従事したが、作業の遅延は全くなく、すべて計画どおり実行されている。このように原告らの本件争議行為は事業計画に何らの影響も与えなかつたのであるから、本件争議行為により国民生活全体の利益を害する虞れがあつたとは到底いえない。

かりに本件争議行為が事業計画に何らかの影響を及ぼしたことがあつたとしても、事業計画は争議行為以外の諸条件の変化により、しばしば不実行、遅延となつて変更されるものであつて、右事情に、製品生産事業についてはわが国における国有林材の占める地位が非常に低いこと、造林事業については数十年の年月を要して成果の現われる事業であることを考慮すると、本件争議行為は間接的にも国民生活全体の利益を害するおそれは全くなかつたといつてよい。

5 本件争議行為の性格についての被告らの主張に対する反論

公労協は全林野を含め公労法の適用を受けるいわゆる三公社五現業の組合の協議体であるが、「決定権」や「指令権」はない。従つて本件のストライキも公労協の「決定」によるというものではない。ただ、林野庁当局を含め三公社五現業当局は、いずれも組合の賃金要求に対して自主交渉、自主解決の姿勢がなく、政府の低賃金政策のもとで、公労法に争議行為禁止の規定があることを最大限に利用し、三公社五現業当局間で意思連絡をして組合要求の実現を最低におさえつけてきたのである。各使用者側が右のような方針のもとに統一して組合に対してくる以上、各組合が協力しあつて使用者側に対する方針を相談しあうのは当然のことである。各組合は公労協において春闘方針について相談しあい、その相談内容を念頭において、それぞれの組合の判断と権能に基づき春闘の行動を決定するのである。昭和四五年春闘の賃金闘争で公労協の各組合は大体において全林野と同一の行動をとつたわけであるが、右のような趣旨で同一歩調となつたのである。

また被告らは、本件争議行為はスケジユール闘争であるとして非難する。しかし春闘のような大きなかつ強固な団体行動が行なわれる場合には、団体交渉あるいは当局の出方をあらかじめ検討し、必要に応じて一定の時期にストライキを予定して組合員の意識を盛り上げることが通常行なわれるし、また必要でもある。そのような準備なしに、一片の指令でストライキを実行しうるとする見解は机上の空論である。また被告らのいう「スケジユール闘争」が、あらかじめ予定していた計画を固執し、必要性がないにもかかわらず実行する闘争を意味するとすれば、これは全くの言いがかりである。本件の争議行為がこのようなものでないことは、前述した本件争議行為の経過からみて明らかである。

6 以上述べたところからすれば、本件争議行為が公労法一七条一項により禁止された争議行為に該当しないことは明らかである。

四  本件争議行為に国公法八二条の懲戒規定を適用することは違法である。

1 ある行為が形式上ある法令に違反するような外観を呈していても、その行為が当該法令との関係で違法と評価されるかどうかは、その法令の立法精神にのつとつた価値判断によつて決せられるべきであり、ある法域で違法な行為が当然に全法域で違法となるわけではない。

このような違法性の相対性の見地から、公労法一七条一項と国公法八二条の関係をみると、公労法一七条一項は、繰り返し述べてきたように「国民生活全体の利益」の保護を目的とした規定であるのに対し、国公法八二条は、指揮命令権や職場秩序の維持によつて、使用者としての国の財産権等、その運営上の諸法益を保護しようとする規定である。原告ら林野庁職員が憲法二八条にいう「勤労者」であつて原則的には労働基本権を保障されている以上、公労法一七条一項を捨象して考えれば、原告ら林野庁職員が争議行為をした場合に、その争議行為が労組法の定める正当性を具備しているならば、原告らは使用者たる国から争議行為を行なつたことを理由に不利益を受けることはないのである。従つて公労法一七条一項がかりに合憲であつて林野庁職員に適用があるとしても、原告らの争議行為は、同条の保護法益、すなわち「国民生活全体の利益」との関係においてのみ違法であるに止まり、使用者としての国の利益を害したことを理由に懲戒を受けるいわれはない。

ちなみに、右の見解は法文の構成にも合致する。すなわち公労法は、林野庁職員について、国公法九八条二項、三項の規定の適用を除外したうえ、これと同趣旨の一七条、一八条の規定を置いているが、林野庁職員の争議行為を懲戒処分の対象とするならば、国公法九八条二項、三項の規定の適用を除外する必要はなかつたはずである。従つて公労法は使用者としての国に対し、同法一七条一項に違反し「国民生活全体の利益」を害するに至らしめた職員を、特に同法一八条によつて解雇する権限を与えたものと解すべきである。

2 また争議行為は集団的、組織的、労働法的行為であつて、使用者の指揮命令権を完全に排除し、業務の正常な運営を阻害するところにその本質がある。これに対し懲戒は、労働者が個別的労働関係に基づいて問われる職場秩序違反に対する責任にほかならない。従つて、かりに労働組合の争議行為が違法であつた場合には、労働組合自体の責任問題が生ずることはありえても、争議行為の一環としての個々の組合員の行為を使用者との個別的労働関係にひきもどし、個々の組合員に対し職場秩序違反に対する制裁としての懲戒処分を科すことはできないと解すべきである。

3 原告らの本件行為は、前記三3で述べたように、原告らの労働条件の改善を目ざし、全林野中央本部の指令に基づき、全林野東京地本の指導のもとに行なわれた集団的組織的ストライキであつて、その目的と手段においても正当であるから、懲戒処分の対象とならない。

五  本件懲戒処分は不当労働行為である。

1 本件争議行為は、前記三3で述べたように、林野庁職員、とりわけ日給制職員の賃金引上げを目的とするものであつた。全林野は、右賃金引上げ問題を労使の自主的な団体交渉の場で解決することを目ざし、賃上げ要求書提出以来積極的に林野庁当局に団体交渉を求めたが、当局は組合の要求に対し回答をすることなく徒に交渉を引き延ばすだけで、誠意ある交渉をしなかつた。しかもストライキ決行当日の午前七時三〇分に非公式回答を示すに至つては、組合をして本件争議行為に突入させるだめに故意に回答を遅らせたものと評価せざるを得ない。全林野中央本部が右回答を受領し、討議してストライキ中止の決定をするまでに一時間余の時間を要することは、組合民主主義の原則上当然だからである。

3 以上の事情からすると、林野庁当局は、全林野をストライキに突入させたうえで本来処分に値しない単純参加者を処分し、もつて組合の弱体化を狙つたものというほかはない。よつて本件懲戒処分は、不当労働行為意思に基づいた労組法七条各号に違背する不当労働行為として取消しを免れない。

六  本件懲戒処分は処分権を濫用又は裁量権を逸脱してなされたものである。

1 国公法七四条は懲戒が公正に行なわれなければならないことを規定している。国有林野事業においては、その職員の労働条件に関する事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができるのであるから、右事項に関する労使関係の紛争に基因する争議行為について懲戒処分をする場合には、使用者側に右紛争においてかりそめにも違法有責な行為のないこと、すなわち使用者側が「クリーンハンド」を有していることが要求されると解すべきである。

ところが前記三3の(五)、(六)、(七)に述べたとおり、昭和四五年度新賃金に関する要求書提出から本件争議行為に至る過程において林野庁当局は、実質的な交渉拒否を行ない、しかも非公式回答をストライキ当日の午前七時三〇分ころに行なうという不誠実な態度をとつたのである。右の事実は、右新賃金に関する労使紛争に基因する本件争議行為について、林野庁当局が懲戒処分をするために要求される「クリーンハンド」を有しないことを意味するものというべきである。

2 本件争議行為は、抗弁五及び六2並びに前記三3(七)記載のとおり、東京地本の直接指導のもとに始業時の午前七時三〇分から職場集会を開催し各自の職務を二時間余にわたつて放棄したもので、暴力行為などは一切伴つていない。また、原告らはすべて単純参加者である。さらに前記三4記載のとおり、本件争議行為による実害は何ら生じていない。そして本件争議行為についての処分は、地本関係者は一一名が減給、単純参加者である原告らはすべて戒告である。

これに対し、その後の争議行為についての東京地本関係の処分についてみると、昭和四八年の春闘における全一日二回、半日一回のストライキを含む全林野の争議行為について、同四九年一月二六日付で関係者に対し懲戒処分がなされているが、右処分の対象となつた争議行為は本件のそれとは規模、態様においてはるかにきびしいものであるにもかかわらず、単純参加者に対しては懲戒処分はなされていない。また、同四八年年末闘争における争議行為三波、及び翌四九年の春闘における全一日四回、半日一回のストライキを含む全林野の争議行為について、同五〇年六月四日付で関係者に対し懲戒処分がなされているが、その対象となつた争議行為は同四九年一月二六日付処分の対象となつたそれよりも規模、態様においてさらにきびしくなつているにもかかわらず、やはり単純参加者に対しては懲戒処分はなされていない。右の処分経過をみると、同一の当局が一定の方針のもとに行なつているものとは到底みることができない。

以上述べた事実から明らかなように、原告ら単純参加者の本件争議行為は、それ自体としても、その後の経過からみても、本来国公法八二条の戒告処分にも価しないものと言わなければならない。

3 以上述べた事実をあわせ考慮すると、本件争議行為に参加した原告らは、戒告処分であれ本来処分されるべきではなく、これを処分したのは、被告らが労使関係において優位に立つために処分権を恣意的に行使したものと言うほかはない。よつて本件懲戒処分は、処分権を濫用又は裁量権を逸脱したものとして、取り消されるべきものである。

(原告らの主張に対する被告らの反論)

一  原告らの主張一に対する反論

1 わが憲法は、個人の尊厳に最大の価値を認めたうえ、それを支える個人の精神的活動の充足を図るため、個人の精神的、人格的自由に対する国家権力による侵害の排除を目的とするいわゆる「自由権」を保障した。しかし現実の社会経済状態のもとでは、右の自由を抽象的、消極的に保障するだけでは具体的な個人の充分な精神的活動を実現することが容易でないことにかんがみ・国家の積極的な関与を内容とするいわゆる「社会権」を保障したのである。そして憲法は、右の社会権のうち前提となる権利として、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」すなわち「生存権」を保障したうえ、それを確保する手段として、財産を有している者に対しては「財産権」を、自己の労働によるしか生計のみちのない者に対しては勤労者の権利として「勤労の権利」と「労働基本権」を二つの重要な柱として保障したのである。労働基本権は、このような政策的配慮のもとに国家が国民に対し積極的に助力を与えるものであつて、天賦自然の人権ではない。そして労働基本権は、右の憲法上の地位と関連して次の二つの性格を有することに注意しなければならない。すなわち第一は、労働基本権、特に公務員の争議権は、現在の社会経済情勢のもとでは、生活水準の一層の向上を図るための手段としての性格が強く、資本制社会における経済人の権利の範ちゆうに属するということである。第二は、労働基本権は勤労者の生存権確保のための一手段にすぎず、決してそれ自身が目的ではないということである。

ところで、勤労者の経済的地位の安定と向上を図ることが憲法の理念の一つであることはいうまでもないが、同時に相対立する当事者である使用者の権益との均衝、労使関係の社会的基盤をなす国民社会の構成員たる国民、社会及び国の権益を図り、国民社会の健全な発展を促進することも憲法上の重要な要請である。従つて、このことと前述した労働基本権の憲法上の地位及び性格とにかんがみると、憲法二八条の趣旨とするところは、争議権を背景とした団体交渉によつて労働条件を決定させること(いわゆる団体自治)が、労使の利益の均衡を図りつつ労働条件を決定するについて有効、公正かつ合理的であるとの理解に基づき、この方法を労働条件決定についての標準的な方法として選び容認したものと解すべきである。従つて、使用者の営む事業もしくはその担当する機能、又は勤労者の地位、職務内容などにかんがみ、右の団体自治の方法が妥当でない場合には、労働基本権に何らかの規制を加えたうえ他の手段によつて勤労者の生存権の確保を図ることも、憲法二八条の容認するところであると解される。

2 以上のことを前提として、一般的にみて公務員について争議行為を禁止しうる根拠を述べると次のとおりである。

(一) 公務員の地位の特殊性

これは公務員が全体の奉仕者たる地位にあるということである。すなわち公務員の労働関係は、一般私企業の労働者のような資本家又は企業経営者との間の労資対抗の関係ではなく、公務員の労働関係の相手方たる使用者は究極的には国民であり、国民と公務員との関係は憲法にいう信託奉仕の関係である。従つて公務員にあつては、「公務の継続性」の要請から間断なく労務を提供することが必要とされ、それが国民の信託に沿い、公共利益のために奉仕すべき義務を果たすことになるのである。公務員が争議行為に及ぶことは基本的にその地位の特殊性と相容れない。

(二) 公務員の職務の公共性

公務員の所属する国という組織は、国民全体の福祉を目的とし使命としているものであり、国の処理すべき事務ないし行なうべき事業は、いずれも国民が国の右の目的使命達成のために国民の負担において遂行される必要があると判断して国に信託したものである。従つて、園という制度に必然的に伴う基本固有のものであれ、政策的意味から国の行なうべきものとされているものであれ、これらの事務ないし事業は国民生活の基盤をなすものとして一時も停廃されることなく遂行されることが期待されているのである。かような国の事務ないし事業の停廃は右の期待に反し、「園民全体の共同利益」を損なうことになる。

(三) 公務員の勤労条件決定過程の特殊性

公務員の勤労条件は、基本的には憲法の要請に基づき法律によつて定められ、究極的には国民の意思によつて、決定されるものということができる。従つて、使用者としての政府は勤労条件の最終的な決定権を有しない。そうなると公務員の争議行為は必然的に国家の意思決定機関である国会に向けて行なわれることになるが、これは国会において民主的に行なわれるべき公務員の勤労条件決定過程を歪曲することになりかねない。また私企業の労働者の争議権に対しては市場の抑制力が働き、争議行為は妥当合理的な労働条件決定のために有効な機能を果たすが、公務員の場合には右の抑制力が働かず、労働者に一方的に強力な圧力の手段を与えることになり、争議権を認める本来の趣旨とは相反する結果をもたらすといわなければならない。

3 前項に述べたところは、同じく公務員である五現業の職員及びこれに準ずる立場にある三公社の職員について、その争議行為を禁止している公労法一七条一項の合憲性を判断するについても同様に妥当するものである。以下同条が憲法に違反しない所以を簡単に述べる。

(一) 職員の地位の特殊性、職務の公共性

いわゆる五現業の職員については、右職員はいずれも国家公務員であつて、前記2(一)、(二)に述べたことが全面的に当てはまる。これに対しいわゆる三公社の職員は、法律上は全体の奉仕者とは規定されていないが、その実質においては公務員と同一視することができ、右に述べたところがやはり全面的に当てはまるということができる。

(二) 勤労条件決定の特殊性

公労法八条は賃金その他の給与、労働時間、休日等に関する事項を団体交渉事項としている。しかし五現業及び三公社の事業が国の行なう事業であり、従つてそれは国家行政の一部としての性質を持ち、その業務に従事する職員が公務員又は公務員に準ずる特殊な地位にある以上、議会制民主主義制度のもとでは直接間接に国権の最高機関である国会の意思による制約に服さざるを得ず、当事者としての公共企業体等とその職員との自由な交渉のみによつて決定できる余地は極めて少ない。ちなみにこれを五現業についてみると、これらの職員の取扱の特例を認める根拠規定である国公法附則一三条の規定に基づき特例を定めている法律としては、公労法と国の経営する企業に従事する職員の給与の特例に関する法律があるだけで、これらの法律において特例として規定されている事項以外の点については、現業の公務員についても非現業の公務員についても重要な労働条件を規定している法律、規制が同じように適用されているのである。

(三) 代償措置

労働基本権を制限する場合には、これに見合う代償措置を必要とするとしても、右要請は、勤労条件の改善の要否等につき調査研究をし、その結果を勤労者に代わつて関係方面に勧告する独立、公正な機関の制度が法律上設けられていれば満たされると解すべきである。国公法及び公労法に定められている代償措置は、右の要請を充分に満たしている。なお、本件で問題になつている国有林野事業に従事する議員に関する仲裁裁定は、昭和三一年に公労委が発足した以降完全に実施されており、現実にも充分その機能を果たしているということができる。

4 公務員等の労働基本権の尊重と、公務の提供による国民全体の共同利益の護とは、二つながら憲法上の要請であつて、これを具体的にどのように調和させるかは、わが国の現実の社会的、経済的条件下における国民全体の選択の問題であり、公務員等の争議行為を具体的にどの範囲でどの程度制限するかは、国民の代表者である立法府の合理的な裁量によつて決定すべき問題である。従つて、その裁量が著しく合理性を欠くと認められる場合でない限り、立法府の判断は合憲と解するのが相当であり、その判断の当、不当は立法政策の当否の問題にすぎない。そして以上述べたところにより、公労法一七条一項の規定が公共企業体等の職員の争議行為を全面的かつ一律に禁止しているのには十分な合理性があり、同条項が憲法二八条に違反するものでないことは明白である。

二  原告らの主張二に対する反論

1 国有林野事業に従事する職員に公労法一七条一項が適用されることについて充分な合理性のあることは、前記一に述べたところに尽きるのであるが、なお原告らの主張に対応して、国有林野事業が高度の公共性を有し、これが争議行為により停滞させられてはならないものであることを明らかにする。

2 わが国のような典型的な山国では、森林は国土保全、水源涵養等のうえで重要な役割を有するが、国有林野はわが国の森林面積の約三割、国土全体の約二割に及ぶ広大な地域を占め、しかもその分布は全国に及びその多くは脊梁山脈地帯、重要河川の上流地域に所在するため、国有林の国土保全、水源涵養等のうえで果たす役割は極めて重要である。またわが国の近年の国民経済の急速な発展に伴う産業公害等が深刻化する中で、国有林野は国民の保健休養の場、貴重な自然景観、動植物等の保護の場として重要な使命を有する。さらに国有林野はわが国森林総蓄積量のほぼ二分の一を保有し、国民生活に重要な林産物の持続的供給源であり、その需給及び価格の安定に果たすべき公共的役割は極めて重要である。また国有林野事業は、国有林の所在する農山村地域における農林業構造の改善、農山村経済の助成のための種々の施策を行なう使命を有している。このように国有林野事業に求められている役割や目的は、本来行政主体としての国が果たすべき公共的な性格のものである。

3 右のような役割や目的のもとに、国有林野事業は実際の事業として、広大な保安林の保護や管理の事業、治山・林道事業、奥地未開発林の開発、国民の保健休養のための事業、民有林振興・地域住民の福祉向上のための協力事業等公共性の強い事業を実行しており、これらの事業は、一般企業がその経済的利益を追求するために行なう事業とは本質的に異なるものである。また国有林野事業における木材の生産、販売、造林等の事業も、森林資源を培養し、木材の需給、価格の安定に寄与するという国家的使命を有することから、その生産販売は利潤本位のものではなく、常に継続的になされ、民間の林業経営とは基本的にその性質を異にする。

4 争議行為禁止の基準として、国民生活に対する直接の影響ないし具体的実害の程度を問題とすることはそもそも妥当でないが、国有林野事業についても、その業務の停廃は国民生活に深刻な影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、国有林野に求められる多目的な機能を最高度に発揮し、国有林野事業に課せられた公共的な役割を遂行するためには、森林の自然的生長に対し長期にわたる膨大な人為的働きかけを必要とする。この人為的働きかけを最も効率よく行なうために、未端の最小単位の業務まで盛り込んだきわめて細分化された詳細な長期かつ総合的諸計画が作成され、これらに基づき諸事業が実行される。従つてこのような計画的事業実行のもとにおいては、計画の一部のそごは決してその一部だけにとどまらず、直ちに他の部分に波及し、全体的な事業実行に重大な支障を与える可能性を持つているのである。これを例えば伐採事業についてみれば、その支障は収穫販売の業務に影響を及ぼすことは勿論、伐採跡地に対する造林計画、その造林のための植苗計画等にも波及し、業務の正常な運営が阻害されその結果国民全体の利益に重大な支障を及ぼすおそれが大である。

三  原告らの主張三に対する反論

1 限定解釈論に対する反論

いわゆる限定解釈は、当該争議行為が国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものかどうかという抽象的基準のもとに、禁止される争議行為の範囲を争議行為の主体面と態様面との相関関係において限定しようとするものであるが、次に述べるようにその基準はすこぶるあいまいかつ不明確であつて不当である。

すなわちまず争議行為の主体面における限定についてであるが、これは義務の公共性によつて限定しようとするものである。しかしながら、そもそもいかなる職務が公共性が強く、いかなる職務が公共性が弱いかについての判断は極めて困難であるばかりでなく、その職務の公共性は個々の職員ごとに判断されるのか、あるいは職場単位、事業場単位で判断されるのか、さらには公務、事業の種類別に判断されるのかすこぶる不明確である。

次に、争議行為の態様面における限定についても、右と同じ批判が当てはまる。すなわち争議行為が禁止されるものであるかどうかは、常に職務の公共性との相関関係において決定されるものであろうが、争議行為が事前の計画どおりに遂行されることはまれであることをも考えると、争議行為が国民生活に及ぼす影響を事前に予測することは至難のわざである。

結局右のような考え方をとつた場合には、争議行為を行なつてみて、裁判所の判断を受けるまでは懲戒責任あるいは刑事責任を受けるのかどうか全く不明であるということになり、争議行為を禁止した規定の行為規範としての機能を喪失させるものといわなければならない。

2 本件争議行為の性格について

本件争議行為は、抗弁四1に述べたように賃金引上げ要求に安保廃棄の要求という政治目的を加えて行なわれた不当なものであると同時に、林野庁との交渉の経緯とはかかわりなく、昭和四五年三月八日及び九日の全林野第四八回中央委員会において決定されたストライキ計画に基づき、総評傘下の各単産と歩調を合わせて行なわれた違法なスケジユール闘争である。

すなわち、昭和四五年度の新賃金に関する全林野の要求書は同四五年三月一四日に林野庁に提出され、以来本件争議行為の行なわれた同年四月三〇日までの間に一一回に及ぶ交渉が行なわれたが、この間の四月二七日には、林野庁は全林野に対し誠意をもつて同四四年並みの有額回答を行ない、さらに同月三〇日早朝の第一一回の交渉において林野庁は、「ストライキは一切行なわないこと」を前提条件として、「前回の回答後における民間賃金の動向は大勢として上向き、昨年をかなり上回つた賃上げとなつている。従つて、いわゆる春闘相場については種々の観点があろうと思うが、当局の姿勢として従来の経緯もあり、それらの動向を配慮する考えである。もし組合側がストライキをやめて合法的手段をとつて調停申請等の手続を行なう場合は、当局として調停で実質的な解決が図れるよう検討したい。日給制についても、同様の趣旨で努力したい。」旨の回答を行なう等誠意をもつて本事案の解決に努力してきたものである。

ILOの結社の自由委員会第一三九次報告第一二四項は、「交渉が行なわれるずつと以前から計画的に決定されるストライキは結社の自由を逸脱するものと考える。」と述べているが、本件のストライキは正にここに指摘されているようなスケジユール闘争であつてその違法性は明白である。さらに本件争議行為は、代償措置として定められ、実際にも過去一〇有余年有効にその機能を発揮してきた公労委における調停等の適法な手続を初めから無視したものであつて、この点からも違法不当である。

四  原告らの主張四に対する反論

1 一般に私企業における懲戒の目的は、使用者の立場からする職場秩序ないし企業秩序の維持にあると解されている。公務員の懲戒も、公務員関係の秩序維持の目的から設けられている点においては、私企業における懲戒と実質的に共通する面のあることは否めないが、公務員関係における秩序は公務員の地位の特殊性に照らし、私企業の労働関係における企業秩序と本質的に異なる要素をもつことが注意されなければならない。すなわち公務員の勤務関係は、前記一2(一)で述べたように国民の信託、負託ということによつて基礎づけられるものであり、右の観点から上司の職務上の命令に従う義務(国公法九八条一項)や職務専念義務(同法一〇一条一項)は法律によつて規定され、その他信用失墜行為の禁止(同法九九条)、政治的行為の制限(同法一〇二条)、私企業からの隔離・営利企業等の従事制限(同法一〇三条、一〇四条)などの私企業の労働関係にはみられない公務員に固有の服務義務が公務員に課されているのである。従つて公務員の懲戒制度は、公務員の右の特殊な地位に基づき、公務の執行ないしは公務員に対する国民の信頼を維持することにその目的があり、使用者の利益保護を目的とする私企業の懲戒制度と同一視することはできない。

従つて公務員の争議行為は、国の業務の維持の面からする職務秩序に違反するものであるとともに、他面においては公務員として課せられた服務義務に違反する側面を有し、懲戒責任は免れ得ないところである。

2 個々の労働者は使用者と労働契約を締結することによつて、企業組織内に編入され企業秩序に服することになるのであつて、とのような関係は労働契約の存続する限り継続するものである。他方労働者が労働組合に加入すれば、その労働者は労働組合の団体的統制に服することになるが、この両者の法律的関係は別個独立のものとして併存し、その間に優劣の関係はない。従つて争議行為が行なわれた場合にも、それによつて使用者と個々の労働者との間の労働契約関係が消滅するわけではなく、組合員たる労働者が企業秩序の拘束から離脱するという効果を生ずる理由はない。ただ企業秩序違反が争議行為として行なわれた場合には、争議行為が労働者に保障されている関係上、それが正当なものである限りその行為の故に労働者が企業秩序違反の責を問われることはないというに止まり、争議行為が違法なものであれば、その行為が企業秩序に違反するものと評価され、当該労働者がその責を負うのを妨げる理由は何ら存しない。

また争議行為は、一方においては労働組合の統一的、集団的行為であるが、他方では団体構成員たる組合の共同に意欲された個別行為の集合である。これを端的に表現すれば、争議行為は労働組合の行為であると同時に、個々の組合員の行為でもある。従つて争議行為が不当、違法な場合には、労働法上もはや団体行動として保護されず、組合としても責任を生じる場合があると同時に、個々の組合員も契約秩序、服務秩序違反の責任が生じるといわなければならない。

五  原告らの主張五に対する反論

本件懲戒処分が不当労働行為であることは争う。原告らの主張が失当であることは、前記三2に述べた全林野の新賃金要求に関する交渉の経過からみて明らかである。

六  原告らの主張六に対する反論

原告らは、本件懲戒処分はその後の全林野の争議行為についてなされた懲戒処分と比較して過酷な処分であり、処分権を濫用又は裁量権を逸脱してなされたものであると主帳する。しかし、これは裁量権というものを誤まつて理解した、はなはだ一面的な主張である。

そもそも国家公務員の違法行為等に対する懲戒処分は、国公法八二条及び人事院規則一二-〇により懲戒権者が公正を期して裁量権を行使するものである。そして本件のようなストライキについては、現業公務員の争議行為を全面一律に禁止している公労法一七条一項にかんがみ、懲戒権者がそれぞれストライキの目的、それに至る経緯、その規模、態様等は勿論のこと、社会的環境や選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等の諸般の事情をその都度総合勘案して、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを慎重かつ公正に判断したうえで処分を決定しているものであつて、単にストライキの回数、規模、態様等だけの比較から、懲戒処分の不均衡を主張するのははなはだ一面的な、かつ裁量権を誤解したものといわなければならない。もとよりその裁量は、恣養にわたつたり、当該行為との対比においてはなはだしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであつてはならないが、懲戒権者の処分選択が右のような限度を超えるものとして違法性を有しない限り、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものである。これを本件においてみるに、本件争議行為当時において原告らに対する本件戒告の処分は、国公法上の懲戒処分としては最も程度の軽いもので、かつほとんどの原告にとつて経済的には不利益を及ぼさないものであつたので、原告らが当局の制止警告を無視して法律に違反するストライキに参加したものである以上、この程度の懲戒処分は当然のことであり、懲戒権者の裁量の範囲内である。

ところで、昭和四八年春闘に関連して三公社の職員及び五現業の国家公務員等に対してなされた懲戒処分の結果については、公務員制度審議会の答申(昭和四八年九月三日)、ILOの報告(昭和四八年一一月一六日)等が影響して処分の量定が上に重く下に軽いとか、又は一段階軽いなどとの論評がなされている。かりにこのような事情を斟酌して懲戒処分がなされたものであるとしても、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を参酌することができるのであるから、これも社会通念に照らして合理性を欠くものとはいえず、懲戒権者の裁量の範囲内にあるといえる。そしてこのような昭和四八年春闘の事例を直ちに同四五年春闘の本件処分に結びつけて、その妥当性を論ずることは正当なものとはいえない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告適格と処分の存在

請求原因一及び二各記載の事実は当事者間に争いがない。

二  本件懲戒処分の適否

1  処分理由

抗弁一記載の事実及び本件懲戒処分が国公法八二条の規定を適用してなされたものであることは当事者間に争いがない。

2  本件争議行為と原告らの行為等

抗弁二及び三各記載の事実、同四記載の事実中、1、2、3及び7の事実、5及び6の事実のうち、全林野がそれぞれ同所記載の日に同所記載の内容のストライキ指令を出したこと、同五記載の事実中、被告署長が再三にわたり職場復帰命令等を出したとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

そして、抗弁六記載の事実は、1の(一)いし(五)の事実、2のうち、被告署長が数次にわたつて職場復帰命令等を発したとの点及び原告ら各自の職務放棄の時間を除き当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉をあわせれば、被告署長は、甲府営林署事業課長鈴木三郎らを通じ、昭和四五年四月三〇日始業時の午前七時三〇分から職場集会を開催して同盟罷業に入つた原告らに対し、同七時三七分ころ職場集会を直ちに解散するよう要求し、さらに同七時四七分ころ及び同七時四九分ころ原告ら各自の職場に復帰するよう業務命令を発したこと、ついで原告ら各自に対し各自の職務に従事することを命ずる業務命令書を手渡そうとしたが、原告らはいずれも右命令書の受領を拒否し、職場集会を継続したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。原告ら各自の職務放棄の時間は、前記職場集会開催時間が始業時の午前七時三〇分から右集会を解散した同九時三三分までの二時間三分であることが当事者間に争いがないこと等弁論の全趣旨によれば、二時間をやや上回る程度であつたと推認される。

3  本件懲戒処分と合理的裁量

そこで、本件懲戒処分の適否についての原告らの主張一ないし五についての判断はしばらくおき、まず六の主張について判断することとしたい。

(1)  おもうに、国公法八二条の懲戒処分は、公務員の義務違反に対して、その使用主である国家が、公務員法上の秩序を維持するために使用主として行なう制裁である。そして、本件のような争議行為については、各懲戒権者が、争議行為の目的、争議行為に至る経緯、その規模、態様、影響、各人の果した役割、社会的環境、選択する処分が他の職員や社会に与える影響等諸般の事情を総合勘案して、懲戒処分権を発動するかどうか、発動するとしても同条の規定するいずれの懲戒処分を選択するかを決定すべきものであるが、この判断は懲戒権者の裁量に委ねられているとみるべきである。しかしながら、この裁量は、前記懲戒処分の目的に照らし、不必要に苛酷なものであつたりしてはならず、社会通念に照らして合理性を有するものでなければならない。

(2)  そこで本件懲戒処分が合理的裁量に基づかないといえるかどうかについて検討することとする。

(イ) 本件争議行為の目的

〈証拠省略〉によれば、本件争議行為は原告ら国有林野事業に従事する職員の賃金引上げを主たる目的として行なわれたものであることが認められ、いわゆる政治ストライキであるとも、スケジユール闘争であつたとも認められない。

(ロ) 本件争議行為の規模、態様及び原告らの役割

本件争議行為は、甲府営林署に勤務する合計一四三名の職員(いわゆる定員外職員を含む。)のうち、南部担当区事務所及び片房沢製品事業所に勤務するいわゆる定員内職員二名(第一原告ら)及び定員外職員三一名(第二原告ら)の合計三三名によつて行なわれたものであり、参加者の職種は製品生産関係及び造林関係に限られていたことは当事者間に争いがなく、原告ら各自の職務放棄の時間が始業時から二時間をやや上回る程度であつたことは前記のとおりである。

また、〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨をあわせると、原告らの中には当時の甲府分会の執行委員が含まれてはいるが、本件争議行為は東京地本の直接指導によつて行なわれ、甲府分会は本件争議行為の指導に一切関与していないこと、したがつて原告らはいずれも本件争議行為のいわゆる単純参加者であつて、本件争議行為について何ら指導的役割を果していないこと、本件争議行為は単純な職務放棄であつて暴力などは一切伴なつていないこと、原告らは争議に参加しないで始業時から各自の職務に従事していた他の職員の業務を直接妨害するようなことを一切しなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(ハ) 本件争議行為の影響

本件争議行為は、(ロ)記載の規模、態様でしかも二時間をやや上回る程度の短時間行なわれたものであることは先に述べたとおりである。

そして、〈証拠省略〉と弁論の全趣旨をあわせると、各営林署における業務は、営林署業務計画(各営林署における五年間の業務計画を定めているもので、毎年度作成される。)の初年度分に基づき毎年度作成される各種予定簿(収穫、製品生産、販売等一一項目について作成される。)により一年間を単位として行なわれていること、原告らの本件争議行為にもかかわらず抗弁六1(一)、(二)各記載の原告らが当日従事する予定であつた業務のうち、伐木(全幹伐倒)に関しては予定数量を超える数量が能率よく実行されていること(なお、実行期間が予定より長くなつているが、これが本件争議行為の影響によるものとは認められない。)、集材に関しても予定期間内に予定数量が能率よく実行されていること、また抗弁六1(三)記載の原告らが当日従事する予定であつた鉄骨盤台撤去作業も予定期間(約一週間)内に遅滞なく行なわれていること、抗弁六1(四)記載の原告らが当日従事する予定であつた新植

業務も予定より能率よく行なわれていること(なお、実行期間が予定より半月ほど長くなつているが、本件争議行為の影響によるものとは認められない。)、さらに抗弁六1(五)記載の原告らが当日従事する予定であつた補植業務についてもその予定数量は完全に実行されていることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右の事実から、甲府営林署における他の業務についての業務計画にも本件争議行為の影響はほとんどなかつたことを推認できるが、他の業務(すなわちトラツク運材)と直接関連する前記の伐木、集材業務の本件争議行為による一時的な停滞の右トラツク運材への影響をみると、〈証拠省略〉によれば、盤台には常時一日分の木材が積まれていたことが認められ、この事実からすると当日の運材についても本件争議行為の影響はほとんどなかつたことを推認できる。

(ニ) 本件争議行為の背景

本件争議行為当時は、いまだ最高裁判所昭和四三年(あ)第二七八〇号国家公務員法違反被告事件についての同四八年四月二五日の大法廷判決(いわゆる四・二五判決、最高裁判所刑事判例集二七巻四号五四七頁以下)がなされる前であつて、最高裁判所昭和四一年(あ)第四〇一号地方公務員法違反被告事件(いわゆる都教組事件)についての同四四年四月二日の大法廷判決(最高裁判所刑事判例集二三巻五号三〇五頁以下)が判例として重きをなしていたが、右判決によれば、公務員ないし公共企業体等の職員の争議行為の違法性の問題につき、具体的な争議行為が場合によつては違法でないと判断される余地があると解されていたことは周知のとおりである。そこで原告らが、争議に参加するにあたり、当日予定されていた始業時からの半日ストライキが行なわれても裁判所により違法でないと判断されるのではないかという期待をもつたとしても故なしとしえない。このことは、当時原告らが本件争議に参加したことについて、原告らを強く非難できない事情であるといつてよいであろう。

(ホ) その後の争議行為と懲戒処分

以上の(イ)ないし(ニ)の事情があるにもかかわらず、前記のとおり被告らは原告らを本件懲戒処分に付したのである。ところが、〈証拠省略〉によれば、その後行なわれた昭和四八年の春闘における全林野の全一日二回、半日一回を含む五回にわたる東京営林局管内の全職場でのストライキに関し、昭和四九年一月二六日付で関係者に懲戒処分がなされたが、単純参加者には懲戒処分はなされなかつたこと、また昭和五〇年六月四日には同四八年秋から同五〇年の春闘にかけての全林野の一〇回余りにわたる東京営林局管内の全職場でのストライキに関し、関係者に懲戒処分がなされたが、単純参加者に対してはやはり懲戒処分はなされなかつたことが認められる。このことは、単純参加者に対しては国公法上の懲戒処分を課すことまでのことをしなくとも公務員法上の秩序維持ができないわけでもなかつたことを推認させるといわなければならない。

(ヘ) 被告らの主張立証

前記(イ)ないし(ホ)の事情がある以上、被告らが本件争議行為についてとくに単純参加者たる原告らを懲戒処分に付さなければならないと判断した事情について主張立証をしない限り、本件懲戒処分は合理的裁量に基づかない違法なものと判断するほかはない。

すなわち、前記のように懲戒処分権を発動するかどうか、発動するとしてもいかなる種類の懲戒処分を選択するかは、懲戒権者たる被告らの裁量に委ねられている以上、当初から被告らに対し裁量権行使にあたりどのような事情を考慮したかについての主張立証を求めることは当を得ていないにしても、原告らが、被告らの裁量権の行使が合理性を欠くと一応認めさせるような具体的な事情を主張立証した場合には、被告らにおいて裁量権行使にあたり考慮した事情を挙げて、裁量権行使が合理的であることを主張立証する必要が生ずるといわなければならず、右主張立証をしない以上は、裁量権の行使が合理性を欠くとの推定を受けてもやむをえないと考えられるのである。しかるに、本件において、被告らは具体的にいかなる事情を考慮したうえで原告らに対し本件懲戒処分をしたかについて何らの主一張立証もしない。

(3)  そうすると、結局本件懲戒処分は合理的な裁量に基づかず

裁量権を逸脱濫用した違法なものというほかはない。

4  結論

以上のとおりで、本件懲戒処分は違法である。

三  むすび

以上の次第で、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小笠原昭夫 生田瑞穂 岩田好二)

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